遺憾という言葉の意味から考える日本



どうもパッソです。

さて、今日の高知は朝からずっとが降っており、

久しぶりの晴れ間のない日だったような気がします。

今日は遺憾という言葉の意味について考えたいと思います。

遺憾という言葉を聞くとすぐに連想されるのは、

政治家の方が「誠に遺憾だ!」というようなことが思いつきます。

これはなにか思いもかけないことや、失礼なことをされて、

怒っている、いいかげんにしなさい。

というニュアンスで理解されている人が多数だと思います。

しかし、実際の遺憾という言葉の意味は、

思い通りに物事が運ばずに、残念である。

という意味で、

期待したようにならず、

心残りに思う、残念に思う。

というようなことである。

かなり認識していた意味と違う感じはしませんか?

また、外交で使われる場合には、

「~為されるべきではなかった」

 という見解の表明

相手の行為に対するものであれば非難

という意味が込められています。

韓国レーダー照射問題の時に、日本政府の方が何度も

「遺憾である」

と述べていましたが、

何の対抗措置も取らず好き放題にやられています。

さらには天皇陛下を侮辱する発言まで飛んでくる始末。

日本政府はこの遺憾という言葉を、

本来の「残念である」という認識でしようしているのか、

外交における非難するということであっても、

対応対抗が全く見られないのは言葉の意味を成していません

遺憾という、聞きなれない最もらしい言葉

日本国民を煙に巻いているのでしょうか?

国民は確実に賢くなっています。

情報を共有するメディアの多様性など、

収集能力は昔の比になりません。

日本国民の代表である政治家の方々は

日本国民のために、国益のために、

遺憾という言葉を、

ただの言葉に終わらせてはいかんのです、、、

 

 

おあとがよろしいようで。

 

 

ほしたら(@^^)/

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